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大阪地方裁判所 昭和45年(ヨ)2525号 決定 1970年9月03日

申請人 橋本伊三夫

右代理人弁護士 松本健男

被申請人 住友電気工業株式会社

右代表者代表取締役 阪本勇

右代理人弁護士 林藤之輔

同 中山晴久

同 高坂敬三

主文

被申請人は、本案判決確定に至るまで、申請人をその従業員として取扱い、かつ申請人に対し昭和四五年七月一六日以降毎月末日限り一ヵ月金四万円の割合による金員を仮に支払え。被申請人は申請人が大阪市此花区酉島町一丁目一四番地上軽量鉄骨造亜鉛葺二階建(床面積八〇七・二九平方メートル)寮に立入ること、同寮内六五号室に寄宿すること、および同寮内食堂を他の寮生と同様に使用すること等を禁止したり妨害したりしてはならない。被申請人は右六五号室内の申請人の所有物(ステレオ、茶だんす、洋服だんす等)を申請人の承諾なしに搬出してはならない。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一、当事者双方の求める裁判

一、申請人

主文第一ないし第三項同旨。

二、被申請人

申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。

第二、争いのない事実

一、申請人が昭和四四年二月二七日被申請人(以下、単に会社ともいう。)の大阪製作所に臨時工として雇用され、同年六月二八日試験傭となり、同年九月二八日定傭となって以来同製作所研究部試験課に勤務し無機化学分析の業務に従事し、後記解雇当時一ヵ月平均金四万円の賃金の支払いを受け、試験傭となって以来主文記載の寮(有行寮)に入寮して六五号室に居住し、寮費として一ヵ月金四、〇〇〇円を支払っていたこと。

二、会社が昭和四五年七月一六日申請人に対し懲戒解雇する旨の意思表示をしてその就労を拒否し同日以降賃金を支払わず、また同日午後九時四〇分過ぎ頃舎監に命じて申請人に対し退寮を通知させ、申請人をして翌一七日午前一時頃前記寮の六五号室に所有物件(ステレオ、茶だんす、洋服だんす等)を残したまま寮外に退出させたこと。

三、申請人が同月上旬頃その職場である試験課において女子従業員二名に対しレコードコンサートへの案内のビラを一枚あて配布したこと。申請人が同月一四日午後研究部業務課勤労係員西村に呼出され、右ビラ二枚を示されてこれを会社構内で配布した事実の有無を質問されたので、右配布の事実は認めたが、その枚数、場所、日時等の詳細については黙秘したこと。更に申請人が翌一五日午前九時大阪製作所人事課長森に呼出され、重ねて配布の詳細を詰問されたが黙秘していたところ、同日午前一〇時頃同人から出勤禁止および寮での待機を命ぜられ、翌一六日午後一時頃再び同人から呼出されて懲戒解雇を言渡されたこと。

四、会社の就業規則七五条には「次の各号の一に該当する者は懲戒解雇にする。但し情状により出勤停止、降任または減給に処することがある。」と定められ、その一三号には「上長の命令に反抗し、または上長に対し暴行脅迫を加えた者」と、その二一号には「会社の施設内において人事担当課長の許可なく集会、掲示、印刷物等の貼付もしくは配布をなし、または放送を行った者、またはこれらの行為を行なおうとしたことが明らかな者」と、その二四号には「その他前各号に準ずる程度の行為のあった者」とそれぞれ定められていること。

第三、争点

一、被申請人主張の解雇事由

(一)  申請人は、

1、昭和四五年七月七日午前八時一五分頃更衣室から職場への途上において宮本啓子に対し、

2、同日午前八時四五分頃化学分析機器室で執務中の立浪美和子に対し、

3、同日午前八時五〇分頃同室で執務中の又川真由美に対し、

4、同日午後〇時二五分頃無機化学分析室で休憩中の草地重光に対し

レコードコンサートへの案内状を一枚あて配布した。

右は第二の四記載の就業規則七五条所定の懲戒事由二一号に該当する。

(二)  申請人は同月一五日午前九時大阪製作所次長兼人事課長森恵輝隆から呼出しを受け、同人から前記ビラの配布行為は就業規則七五条二一号に該当する旨の説明を受け、再三に亘って反省を求められたが、机上に両肘をつき両手に顎を乗せてうすら笑いを浮べ右ビラに関しては終始黙秘しその配布の事実を認めなかった。

右は森次長に対し積極的に反抗したものとはいえないとしても、消極的な侮辱の態度を以て反抗したもので、第二の四記載の就業規則七五条所定の懲戒事由一三号にいう「上長の命令に反抗し、または上長に対し暴行脅迫を加えた者」に準ずる程度の行為があったものとして同条二四号に該当する。

二、申請人主張の保全の必要性

申請人は会社から支払われる賃金以外に生活手段を有しない者であり、しかも大阪市内において本件寮以外に宿泊の便宜を持たないのであるから、本案判決の確定を待っていては回復できない損害を蒙る。

第四、判断

一、およそ使用者が労働者に対して行使する懲戒権は企業秩序維持のためこれを乱す行為に対してのみ行なわれるべきものである。したがって会社施設内においてビラの配布が行なわれたとしても、それを就業規則七五条二一号に該当する行為として評価するには、それが会社の企業秩序を乱し、またはその恐れのあるものでなければならないものというべきである。これを本件についてみると、申請人の配布したビラがレコードコンサートへの案内を内容とするものであることは当事者間に争いがなく、したがってその内容において会社の企業秩序に何ら影響を及ぼすものでないことは明らかである。被申請人は右ビラの一部が就業時間中に配布されたものであるとしこれを重視する旨の主張をしているようであるが、労働者は就業時間中使用者に対し労働を提供する義務を負うので、その間私的な用件をなし、またその際他の従業員に働きかけてその労働の提供を十分に行なわせないのであれば、それは単に債務の不履行となるだけでなく企業秩序を乱す行為として評価できるとしても、本件において申請人は前記内容のビラの小片を同僚に手渡しただけであるから、仮にそれが就業時間中に行なわれたものであるとしても、その会社の企業秩序に及ぼした影響は就業時間中における従業員の些細な私語よりも更に軽微なものであり、その程度からして就業規則七五条所定の懲戒処分の対象とはなり得ないものと認められる。したがって会社が申請人の右ビラの配布を以て同規則七五条二一号の懲戒事由に該当するものとしたことは同規則の適用を誤ったものというべきである。

二、次に、被申請人は申請人において大阪製作所の次長兼人事課長から右ビラの配布について反省を求められた際、机上に両肘をつき両手に顎を乗せてうす笑いを浮べ、終始黙秘してその事実を認めず消極的な侮辱の態度を以て反抗したと主張するのであるが、仮に申請人にそのような態度があったとしても、もともと右ビラの配布行為は会社の企業秩序に何ら影響がないといっても差支えない程度のものであるから、会社がことさらこれを重大視して大きくとり上げ高級職制をして申請人を糾問しその陳謝を強要した態度こそ些か軌を逸した態度といわざるを得ない。もし会社において申請人の右行為の背後に何か重大な企業秩序の紊乱行為があると推測して申請人を追及したものであるとすれば、それは事実に即して対処しようとした態度でなく、単なる憶測によって糾問したものにほかならないから、申請人がこれに反発して反抗的態度に出たとしても申請人を責めることはできない。そうであるとすれば仮に申請人が被申請人主張のような態度をとったとしても、それはむしろ会社の不当な態度に起因するものというべきであるから、会社がこれに対し懲戒解雇を以てその責任を追及しようとすることは、従業員に対して企業への無条件かつ全人格的な服従を強いこれに否定的な態度を示す者に対しては容赦なく懲戒権を行使しようとするものであって、近代的な労使関係の理念からは程遠いものということができる。そしてもし被申請人のいうとおり申請人に対する本件懲戒解雇処分について労働組合がこれに同調しているものとすれば、所属の労働者の権利を擁護すべき立場にある組合の態度としては理解できないところである。結局会社は申請人の態度についてその責任を問うことはできないものと認められる。したがって会社が申請人の右態度を以て就業規則七五条一三号、二四号の懲戒事由に該当するものとしたことは同規則の適用を誤ったものというべきである。

三、以上、被申請人主張の懲戒解雇事由はその理由がないから、本件解雇は無効というべく、したがって申請人は昭和四五年七月一六日以降も会社の従業員としての地位を有するものであり、その就労を拒否されることにより同日以降賃金の支払いを受けるべき権利を有するものと一応認められるところ、申請人が本件解雇当時一ヵ月平均金四万円の賃金の支払いを受けていたことは当事者間に争いがなく、かつ申請人が会社から支払われる賃金を生活の資とする労働者であり本件解雇によって賃金が支払われないことにより生活に著しい支障を生ずるものと認められ、また申請人は会社の従業員である以上従前どおり寮を使用する権利を有するところ、申請人が本件解雇以来その使用を禁止されていることは当事者間に争いがなく、かつ申請人が長崎県の出身で大阪市内において本件寮のほか宿泊の便宜を持たない者であり、その使用を禁止されることによって生活の本拠を失うものと認められるので、本案判決の確定までこのままの状態で推移すると回復できない損害を蒙る恐れがあるものということができる。よって会社に対し、本案判決の確定に至るまで申請人をその従業員として仮に取扱い、かつ昭和四五年七月一六日以降毎月末日限り前記賃金の仮払いを命じ、更に申請人が本件寮を使用することの妨害禁止を命ずる必要があるものと一応認めることができる。

第五、結論

そうであるとすれば、申請人の本件申請はすべて理由があるから、いずれも保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 高田政彦)

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